人と同じ物を食べて育つ豚君は、心に美味しい⑤

2008年10月02日

その後、近くの食堂”心shin”さんで、蔵尾さんのご好意により蔵尾ポークの試食をさせていただきました。今しがた見た豚君のつぶらな瞳と、蔵尾牧場の方々のご苦労に思わず合掌、心から感謝して頂きました。実はあまり「カツレツ」という料理方法は好みではないのですが、2cm厚に切られた蔵尾ポークのロースは期待たがわず、優しい旨みにあふれとても美味しいものでした。まさに”心に美味しい”味わいでした。昨今の穀物、原油などの価格高騰で蔵尾牧場の経営も決して楽ではないそうです。全てにこだわった飼育法では、生産量を増やすことは出来ません。本当に良い仕事をしている中小企業者や、豚君たちが健康に育つためにも是非急激な原材料の高騰がおきないようにして頂きたいと思いました。今回の見学も”本物”とは何か?を考える上で大変勉強になりました。蔵尾さん、誠にありがとうございました。これからも、心に美味しい蔵尾ポークを育て続けていただきたいと思います。(M)


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人と同じ物を食べて育つ豚君は、心に美味しい④

2008年10月02日

蔵尾牧場のこだわりは、隅々まで行き届いています。前回紹介した、豚君の敷物=木質チップはウンチやオシッコと一緒に巨大な”コンポスト”(1基は億単位だそうです・・)に入れられ数日で、微生物の力により無臭の黒々した優秀な肥料になります。蔵尾牧場ではこれを近隣の農家に無償で配給されています。蔵尾さんは、少量、純粋バークシャー種(黒豚)も飼っておられます。この黒豚の霜降り(通常バークシャー種は霜降りにならない)の入った肉質は肌理が細かく甘みがあって優れものだそうです。“しゃぶしゃぶなどにして、加熱すると透明になって行きます”との説明に、思わず豚君を見ながら、ヨダレが出そうになってしまいました。(極少量飼育しているだけなので、市販はしていないとのこと。残念)(M)

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人と同じ物を食べて育つ豚君は、心に美味しい③

2008年10月02日

蔵尾牧場のこだわりはまだまだ続きます。それは豚君の”ご飯”=飼料です。通常は市販の飼料を与えるのですが、蔵尾さんは様々な理由で自家製飼料を使い続けておられます。一つの理由は市販飼料には病気予防のため抗生物質が配合されているためです。豚君は肺炎などの病気に係りやすく、蔵尾牧場でも万一そのような病気が発生したら、獣医さんに見てもらい、薬を適量注射するなど必要最低限の使用にとどめておられます。毎日食べる餌に”科学薬品”を混ぜそれが豚君に蓄積したら・・・味どころではないかも知れません。さらに市販飼料には肥育に良いと動物性タンパク(魚粉など)も配合されています。動物性タンパクを与えると「肉に臭みが出る」とのこと。かの狂牛病も牛に肉骨粉を与えたことから始まったことが思い出されます。蔵尾牧場では人間の食べ物(パン、小麦粉、大豆など)を中心に、バウムクーヘンなどお菓子の廃棄部分などを粉砕、高熱消毒処理したものを食べさせておられます。「人が食べられない物は豚にも与えない」ここに蔵尾牧場の哲学があると思いました。ここで蔵尾さんの勧めで、なんと豚君の飼料の”試食会”が!!でも、ほんのりと甘いなかなかのお味でした(汗)(M)

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人と同じ物を食べて育つ豚君は、心に美味しい②

2008年10月02日

蔵尾牧場では、ランドレース、ヨークシャ、デュロックなどの種豚を130頭程度飼育しておられ、これらの3元交配種(いわゆる3元豚です)を1800頭ほど肥育しています。毎日のように10頭程度生まれる子豚を、大切に6ヶ月ほど育て、250Kg程度になったものから、”蔵尾ポーク”として出荷されています。とにかく良い空気、水、静かで安らぐ環境の中で、清潔に、安全に、一頭一頭に心を配って育てることが、全てであり何より大切と蔵尾さんはおっしゃいます。そのこだわりは隅々まで徹底していました。例えば豚舎の清掃には周りの環境に配慮して水は一切使用しておられません。国産の木材チップを敷き詰め、これを頻繁に交換されます。豚君は大変清潔好きだそうで、これを怠るととたんに食欲が無くなったり、病気になったりするそうです。しかし平均10頭程度ずつに分けられたブロックが180もあるとして、ここにしいてあるチップを頻繁に交換するだけでも大変な労力であることが理解出来ます。また外国木材のチップを使うと、てきめんに皮膚病にかかる豚君が多くなるとか・・。安い外国産木材には生物によくない成分が含まれているのかも知れません。(M)

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人と同じ物を食べて育つ豚君は、心に美味しい①

2008年10月02日

皆さんは”蔵尾ポーク”って聞いたことがあるでしょうか?滋賀産のブランド豚です。(この言い方はちょっとなあ・・)。きれいなピンク色の身に滋味があって、本当においしい豚肉だと思います。滋賀県では日野町に1軒だけこの”蔵尾ポーク”を販売しているお店があり、前からこれのファンでした。豚肉ながらg450円もする(もう少しお安い部分もあります)ので、はじめは?って思っていましたが、食べてみると、思わず笑みがこぼれます。”これが豚肉の美味しさなんや”と思い知らされます。併設のレストランでも食べられるのですが、どうも”味をつけて”しまっていて、”味を引き出す”本来の食べ方とはちょっと違うので、ここは迷わず買って帰り、できれば炭火で塩・胡椒だけで焼いて食べてみてください。「本物の豚肉」が味わえると思います。それはともかく、そのお店にほど近い山中に、蔵尾ポークちゃんたちが暮らしている、牧場があります。今回中小企業家同友会の企画でその蔵尾牧場を見学に行ってきました。(全ての写真はヤマプラさんよりご提供いただきました)(M)

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杜の都のJAZZの宴③

2008年09月29日

9月初旬の仙台の気候は、実は、曇りや雨の日が多いとか。事実、定禅寺ストリートJAZZフェスも過去18回中、10回も雨にたたられています。しかし、そこは主催者も準備万端で、雨除けテントを出し入れするオペーレションは手馴れたものでした。そして、それより慣れているのは観客。傘や、コートの準備は勿論、中には濡れるものかまわず音に酔っている“JAZZフリーク”達も・・・・。このアマチュアによるJAZZフェスがここまでBIGなイベントになったのも、企業や行政の関与による、動員数や経済効果重視のもので無く、また義務感で努めるのではなく、本当にやりたい!と言う熱いスタッフが、楽しみながら開催してきたから。そして、その思いが市民に伝わって、皆が“主催者”のような気持ちで参加しているからだと思います。情熱こそ命!その気持ちが大切なのだと思います。(M)

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杜の都のJAZZの宴②

2008年09月22日

特筆すべきは、約4000万円とも言われる経費のほとんどを、参加ミュージシャンの出演費用(もらうのではなくミュージシャンが支払う!)、観客のカンパ、グッズ販売などでまかなっていることでしょう。
またJAZZだけではなく、ロック、ブルース、ソウル、フォークなどなどジャンルを超えたフェスティバルはアメリカのニューポートジャズフェスティバルにも多大な影響を与えているそうです。
仙台市内にちりばめられた40以上ものステージでは、1時間交替で様々なアマチュアバンドが日ごろの練習の腕を披露しています。
演奏のでき次第で、人だかりができたり、立ち去られたり、その緊張感が演奏者にとってもたまらないのでしょう。
事実、この定禅寺ストリートJAZZフェスのために結成されたバンドも少なくないようで、地域の文化の発展に大変な貢献をしていると言えます。
観客の方も、18回目ともなるとご贔屓のバンドも出来、整然と、しかし乗りよく聞いておられました。杜の都が音楽に染まっていました。(M)

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杜の都のJAZZの宴

2008年09月22日

2008年9月13、14日に仙台市で開催された第18回「定禅寺ストリートJAZZフェスティバル」に行って来ました。
私達が目標にしている高槻よりまだ古く、今年で18年目となります。
一番初めは「イチ・ヨン・イチ」(今でもあります)と言うビルのオープン記念イベントのJAZZライブから発展したもので、当初から「本来、音楽は野外でやるもの」という榊原光裕氏が中心となって実行委員会を立ち上げ、実施してこられました。(サイトヒストリーより)
第1回は9ステージ、25バンド(150人)で5000人の観客の前で開催されたとのこと。
それがほぼ倍々ゲーム状態で、発展してきたのが今日の「定禅寺ストリートJAZZフェスティバル」です。
まず、この「本物」のロケーションの素晴らしさが目立ちます。
「杜の都」仙台の中でも、ひときは立派な定禅寺通りのケヤキ並木は、昼間でもうっそうとして、その中に入ると暗さを感じるほどです。(M)

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“びわ湖の恵み”の美味しさは本物だ!③

2008年08月30日

やはりびわ湖、湖魚料理の焦眉は“鮒寿司”でしょう。
おそらく世界で唯一の、米を使った乳酸による発酵食品であり、いま一方の乳酸発酵食品の雄・チーズに比肩できる物です。
天然のニゴロブナの雌の腹を割かず、内抱卵だけを残して内蔵を取り去り(筒抜き)、塩漬けにします。
この技術もすごいものです。
さらにそれを“塩切り”したものに飯を詰め、再び塩漬けにするのですが、まずびわ湖の環境変化に伴いこの、天然ニゴロブナが激減しています。
さらに1300年もの間、びわ湖周辺のみで伝えられて来たため、各家庭の好みにより、その味はどんどんとディープなものになりました。
この結果、一般の人々にとってはとっつきにくい物になってしまったと言えます。(当然、地元の人々にとっては替え難いものではあります)。
この面で沖島の“島の宿”の鮒寿司は、最適な発酵具合だと言えます。
ジモティの方の好きな鮒寿司は、酸味の強い、発酵の進んだものですが、非鮒寿司文化圏の人にとっては、この沖島レシピの鮒寿司がおそらく最適でしょう
そのため発酵食品の特徴としての臭いも強すぎず、ビギナーにとってむしろ好奇心をそそられる香りだと思います。
是非、日本各地、いや世界の人に味わっていただきたい、びわ湖が生んだ見事な発酵食品(ファーメント・フード)です。

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“びわ湖の恵み”の美味しさは本物だ!②

2008年08月03日

中央の赤いものは“手長エビ(川エビ)”のてんぷらです。
淡水エビは、各地にいますが、特に四国・四万十川のものが有名です。
しかし、今回頂いた“手長エビ”は、甲羅の柔らかさ、旨みどれをとっても四万十産に勝るとも劣らないものでした。
むしろ、こちらの方が甲羅はソフトに感じるかも知れません。
川エビの旨さは、甲羅の旨さと食感にあると思います。
昔はびわ湖でもたくさん獲れたらしいですが、今は「もんどり」と呼ばれる捕獲漁具を大量に入れても、なかなか獲れなくなってしまったそうです。
今年(2008年)は四万十川の手長エビは大漁らしいので、びわ湖の環境がもっとよくなれば、この美味なびわ湖産手長エビももっと身近なものになるのでしょう。(M)

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“びわ湖の恵み”の美味しさは本物だ!①

2008年08月03日

同友会の合宿で、7月27日(日)にびわ湖内の有人島“沖島”(民宿島の宿)に行ってきました。
近江八幡の掘切港から、約10分の船旅。
合宿での濃密な論議はさておき?一番の目的である湖魚料理の探検は非常に有意義なものでした。
折りしも夏、夏と言えば“天然うなぎ”です。
現在ではなかなか獲れなくなって、今回はわざわざ長浜沖まで行って獲っていただいたウナギを賞味させて頂きました。
“天然うなぎ”は、天然ゆえ産地、時期などで味わいがそれぞれ違います。
今回の“びわ湖産うなぎ”は、その中でも特上のものでした。
身はホクホクと柔らかいのですが、過半を占めると思われる“脂”が軽く、また旨いのです。
市販の養殖鰻は、タレでしっかりと味・香りをつけ、山椒で臭みを抑えて食すのですが、この“天然うなぎ”は限りなく白焼きに近い、かるい蒲焼が本当に美味なものでした。
また“天然うなぎ”のもう一つの旨さは皮のむっちりとした歯ごたえと香ばしさです。
産地やシーズン、調理法によっては皮が固いと感じることがありますが、「島の宿」さんの調理も適切なもので、本当に旨い“天然うなぎ”でした。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する⑦

2008年07月26日

永田シェフは以前「日本に帰ってお店をやるなら、蕎麦屋みたいなのがいいんです。あそこに行ったらあれが食べたいって言うのがいい。でも、それが難しいですね。日本だし、鴨とか鶏で何か美味しいものを作りたい。豚でも。(魚介じゃないのは)海育ちじゃないから」(「イタリアに行ってコックになる」より)と述べておられました。でも今回のマーレ・カルドは、素晴らしいものでした。まだ若いシェフですから、大いに様々な素材、調理に挑戦していただき、その経験の中から永田シェフと言えば“あの料理”と言うものを生み出して欲しいと思います。今回の“ビステッキーネ”といい前回の“豚スネ肉のボイル”など、やはり肉料理に大変才能を感じます。が、一方でシクラムの使いこなし、ポレンタや、スペルトの深みと優しさに満ちた素朴な料理なども天才的なものがあるような気がします。いずれにしても今後も楽しみな味の芸術家だと思います。今回もありがとうございました。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する⑥

2008年07月26日

ドルチェはアーモンドのセミフレッド。アイスクリームより軽めの、冷やされた生クリームの冷たさと食感が好ましいデザートです。添えられている果物はイチジク。こちらも爽やかな甘さでセミフレッドとの相性も結構なものでした。私の好物のヘーゼルナッツのトルタと共に頂いた、エスプレッソがまた絶品。こんなに薫り高く、軽いエスプレッソは初めて頂きました。ス○バのエスプレッソが頂けなくなりそうです。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する⑤

2008年07月26日

セコンドピアットは、“ビステッキーネ”。てっきり小ぶりの牛ステーキか?と思いきや、骨付き肉のフリッターが、野菜のそれと共に供されます。肉は形、味から見てマトンかラムだと思いますが、その場合でも“ビステーカ”と呼ぶのですね。この一皿、大変おいしゅうございました。特にビステッキーネは火の通り具合が絶妙で、ハーブの利いた衣の中で肉汁が閉じ込められ、かなり満腹になった状態からでも思わず完食させていただきました。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する④

2008年07月26日

プリモ・ピアットその2はウサギのラグーのパスタです。食用ウサギは東北から仕入れておられるそうで、火の入れ方がとても難しい素材だそうです。少し火を入れすぎると硬くなり、不足すると特有の臭いが残ってしまうようです。小さめに角切りされたウサギの肉は、しっかりした噛み応えがあり、独特な旨みがあるものでした。やや固めに茹で上げられたパスタととても良くあったソースでした。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する③

2008年07月26日

続いてのプリモ・ピアットその1は、古代小麦のスープ(トスカーナ料理)。古代小麦スペルト(イタリアではファッロ)とビーンズが、トマトソースのスープでしっかりと煮込まれています。スペルトはパン、麺では最近よくありますが、そのままスープ煮にするというレシピは珍しいと思います。とても優しく好ましい料理でした。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する②

2008年07月26日

アンティパストはマーレ・カルド(海の幸の温サラダ・リグーリア料理)。モスカートビネガー(マスカットの酢)で和えられた、イカ・エビ・ムール貝などはタップリなポーションで、適度な暖かさ、弾力を残しつつ、柔らかく火を通されたマーレ(海の幸)を堪能させていただきました。(M)

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永田シェフの「カチャトーリ」に料理の真髄を探検する①

2008年07月26日

以前(2007年12月)に当ブログで御紹介した、永田匡人シェフが京都の祇園縄手でその名も「カチャトーリ」と言うレストランをオープンされました。で、早速7月18日に探検隊員5名で行ってまいりました。席数20程度のこじんまりしたお店は、白の塗り壁とこげ茶のフローリングのシンプルな内装が、永田シェフの料理に対するメッセージにも思えて好ましいものでした。供された料理の一品目(アペリィティフ)は「鱒のマリネ・野菜のピクルス添え」(シチリア料理)。鮭よりもやや濃厚な風味の鱒に与えられたソースは、勿論“シクラム”。青リンゴのようなと評される、ヴァージン・オリーブオイルと、同じく爽やかなセロリやニンジンのピクルスは、暑さで少々弱った胃腸に爽やかな刺激を与えてくれます。(M)

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ひずみガラスの向こうの古き良き日本⑤

2008年07月01日

更に廊下を奥に進むと、妻・梅子の居室(茶室にも使われていたという、質素な6畳間)があります。
欄間にびわ湖のヨシを編んだものをはめ込む(この意匠は他にも使われています)など、とても好ましいつくりとなっています。
さらにその奥へ進むと1922年に貞剛の子供が贈った「新座敷」に入ります。
ガラス窓を与えられた畳廊下と、2方に庭が見渡せる和室。
ここでは、なんと壁側のフスマを明けると、小ぶりなビルトイン・暖炉が現れます。
「寒がり」だった伊庭貞剛を気遣う子供たちの気持ちが、ほほえましく伝わってきます。
こんなところに金属製の暖炉があろうとは!?。
戦時中、金属供出のために訪れた役人も、流石にこれには気付かず今日まで無事に残っているのだそうです。
この「新座敷」でしばし、座らせて頂き、お話を聞きながら、庭を鑑賞しているうちに、また「本物」が一つ心の中に沁みこんだような気がしました。
帰り道、教えていただいた伊庭貞剛の墓所を見て帰りました。
近江八幡市西宿。8号線と新幹線の丁度間の田んぼの真ん中に、ひっそりとたたずむ墓所。その中には、びわ湖の方角を向いて貞剛と梅子の墓石がなかよく並んでいました。(M)

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ひずみガラスの向こうの古き良き日本④

2008年07月01日

「活機園」の建設当時、この地は、駅からも遠く離れたとても不便なところだったそうです。
勿論電気も通っていません。(今は当然電化されていますが)
室内の照明は蝋燭やガス灯が受け持ち、各部屋に暖炉がしつらえられています。
しかし、一方で各部屋に内線電話のジャックが付設され、広い邸内での快適なコミュニケーションも考えられています。
住友の名大工、八木甚兵衛の改心の作といわれている「和館」も“貞剛好み”が色濃く繁栄したつくりになっています。
クランクした廊下を行くと、左手に6畳と10畳の間があります。
縁側の向こうには大きな紅葉(楓?)の木を前面に配し、苔むした庭が広がります。
ほとんど何の手も入れず、自然な風情をそのままにした庭。
晩年の貞剛は、この6畳間で、オートミールと半熟タマゴの朝食を食べ、冬場は火鉢を離さず、日長一日暮らしたそうです。
きっと、この庭が大変気に入っていたのでしょう。
10畳の間の床の間には珍しい、貞剛直筆の二羽の鶴の絵が掛けられています。
画幅に入りきらない一対の鶴は、目力や、羽の勢いを感じさせる雄渾なもので、引退したとは言え、貞剛の気骨を感じさせるものでした。
床の間の柱は下部が、畳のヘリに合わせて縦に面取りされています。
そのカット目も見事に7本の年輪が切り出され、素材の木の質の高さと、大工の技術の確かさを今に伝えています。
またその柱と、横梁に通された竹材の始末も一寸のすきも無いくらいに見事にされていました。
本物の日本建築の細部の仕上げの素晴らしさを学ばせて頂きました。(M)


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